「あの人、やる気ないよね」。
職場で、そんなふうに言われてしまう人がいます。
仕事に前のめりになれない。評価も、周りとの関係も、少しずつすれ違っていく。本人も、それをうっすらと感じている。でも、口には出せない。
そういう状態を見たとき、私たちはつい、
「もっとやる気を出せばいい」 「本人の意識の問題では?」 「仕事なんだから、ちゃんとやらないと」
と考えてしまいます。私自身、そう思ってしまったことが何度もあります。そして、そのたびに、少しだけ胸がざらつくような感覚も残っていました。「それだけでは、何も変わらないんじゃないか」という感覚です。
もちろん、仕事上の行動や責任について考えることは必要です。
ただ、その人が今どういう気持ちでそこにいるのか、という視点を一つ足してみると、少し違った景色が見えてくることがあります。
この記事では、私が仕事の中で比較的身近に見てきた「モチベーションが低く、周囲との関係や評価にも影響が出ている人」を対象に、エモーショナルサポートという考え方から考えてみます。
すべてのケースに当てはまる話ではありません。ただ、「やる気がない人」という見方だけでは行き詰まってしまったときに、もう一つの見方として、心のどこかに置いておいてもらえたらと思います。
「やる気がない」の裏側には、何があるのだろう
仕事のモチベーションが低い人を見ていると、
「仕事に興味がない」 「成長したいと思っていない」 「言われたことしかやらない」
という行動が目につきます。けれど、その行動だけを見ても、その人の内側で何が起きているのかまではわかりません。
自信を失っているのかもしれない。周囲からどう見られているのかを、人一倍気にしているのかもしれない。失敗することを避けるようになっているのかもしれない。何度も注意されるうちに、「どうせ自分はできない」と感じるようになっているのかもしれない。あるいは、本人自身が「自分は何に困っているのか」を、まだうまく言葉にできていないだけなのかもしれません。
外から見ると、「やる気がない」。
でも本人の中では、「どうしたらいいかわからない」「もう考えたくない」「これ以上傷つきたくないから、自分を守りたい」という状態なのかもしれません。
もちろん、これは推測にすぎません。だからこそ、行動だけから「この人はやる気がない」と決めつけない視点があってもいいのだと思うのです。
そこで知っておきたい「エモーショナルサポート」
エモーショナルサポートは、日本語では「情緒的支援」「情緒的サポート」などと表現されます。
簡単に言えば、問題を解決することだけではなく、その人の感情や気持ちを支えること。
たとえば、
「それは大変だったね」と話を聴く。 「そう感じるのは自然なことかもしれない」と受け止める。 自分の気持ちを安心して話せる場所を持つ。 一緒に状況を整理する。
こうしたことも、人を支える大切な方法です。
ここで大事なのは、エモーショナルサポートは「何でも肯定すること」ではない、ということです。仕事上の問題があるなら、その問題について考えることも必要です。
ただ、問題を指摘することと、その人の感情を支えることは、別のこと。この二つを分けて考えると、できることが増えてきます。
人は、一人で全部を支えなくてもいい
では、エモーショナルサポートはどこから受けられるのでしょうか。実は、支えてくれる相手は、一人である必要も、一つである必要もありません。
友人は、気持ちに寄り添って共感してくれる。ただ、心配のあまり、助言や励ましに偏ってしまうこともあります。家族やパートナーは、日常的に安心感を与えてくれる存在ですが、距離が近いぶん、心配や説教が入り混じりやすい相手でもあります。
同僚とは、仕事上のつらさを分かち合える一方、職場という利害関係の中では、深い感情までは扱いにくいこともあります。上司は状況を理解し、心理的な安全をつくってくれる存在になり得ますが、その役割はどうしても「仕事をどうするか」という問題解決に寄りがちです。
同じような経験を持つ人が集まるコミュニティでは、「自分だけではなかった」と感じられる安心感がある一方、一人ひとりを深く理解してもらえるとは限りません。
コーチは、気持ちを受け止めながらも、その人の価値観や望みを一緒に整理し、行動へとつなげてくれる存在です。
カウンセラーは、感情やつらさを安心して話せる場をつくってくれます。(医療的なケアが必要な場合には、それだけでは足りないこともあります)
そして最近では、AIという選択肢もあります。
こうして並べてみると、それぞれに得意なことと、少し苦手なことがあるのがわかります。大切なのは、「誰か一人に全部支えてもらう」ということではありません。
話を聴いてもらう相手と、仕事について相談する相手が違ってもいい。気持ちを整理するためにAIを使い、深い話は人に聴いてもらう、という使い分けもできます。
サポート源が一つしかないと、その一つがうまく機能しないときに、とても苦しくなります。逆に、いくつかの場所に「話せる」「考えられる」「受け止めてもらえる」場所があると、心に少し余白が生まれます。
AIと人から受けるサポートは、少し違う
AIには、AIならではの使いやすさがあります。
時間を選ばず話せる。同じことを何度考えても、根気よく付き合ってもらえる。頭の中が混乱しているときに、言葉にする手助けをしてもらえる。「自分は何に引っかかっているんだろう」と整理する相手として使うこともできます。
一方、人とのやりとりには、人だからこそのものがあります。
表情や声の変化を感じ取ること。その人との関係性の中で、思いがけない言葉が生まれること。自分では予想していなかった言葉を返されること。何気ない一言が、ふと自分の見方を変えてしまうこと。
こうした偶発的なやりとりや、人との関係そのものが持つ力は、AIとは違うものです。
だから、「AIか、人か」という二択ではなく、自分を支えてくれるものを、少しずつ増やしていく。そんな捉え方もできるのではないでしょうか。
でも、そもそも「相談する」という選択肢を知らない
エモーショナルサポートについて考えていると、もう一つ気になることがあります。
そもそも、「気持ちを支えてもらう」という選択肢自体が、あまり身近ではないのではないか、ということです。
仕事で困ったら、上司に相談する。わからないことがあったら、詳しい人に聞く。体調が悪かったら、病院に行く。こうしたことは、比較的わかりやすい。
一方で、
「なんとなくつらい」 「自信がなくなっている」 「人間関係で消耗している」 「自分でも何が嫌なのかわからない」
というとき、誰かに相談することは、まだそれほど当たり前ではないように思います。
同僚に「最近どう?」と聞かれて、本当は苦しいのに、つい「別に、大丈夫」と答えてしまう。そんな経験がある人も、少なくないのではないでしょうか。「こんなことで相談していいのかな」という迷いが、一歩を踏み出す前に立ちはだかってしまうのです。
カウンセリングやコーチングというものがあること自体、知らない人もいます。だから、困っている人に必要なのは、「もっと頑張ること」だけではなく、
「こういうときに、こういうサポートを受けてもいいんだ」と知ること
なのかもしれません。
「モチベーションを上げる」ことから始めなくてもいい
モチベーションが低いとき、「どうしたらやる気が出るか」を考えたくなります。
でも、その前に、「今、自分は何を感じているんだろう」と、少しだけ立ち止まってみてもいい。
「仕事が嫌なのか」 「人間関係がつらいのか」 「自分に自信がないのか」 「失敗したくないのか」 「もう疲れているのか」
それとも、まだ自分でもよくわからないのか。
わからなければ、わからないままでもいい。気持ちを言葉にしてみることで、初めて見えてくることもあります。
そして、少し整理できてくると、
「このままでは嫌だ」なのか、 「今の仕事自体は嫌いではない」なのか、 「環境を変えたい」なのか、 「まず誰かに話を聴いてほしい」なのか。
次に考えられることが、少しずつ変わってきます。
「やる気がない人」ではなく、「今、困っている人」かもしれない
仕事のモチベーションが低い人を見るとき、「やる気がない人」という言葉だけで捉えると、本人にも周囲にも、できることが少なくなってしまいます。
一方で、「この人は、今、何に困っているのだろう」という視点を持つと、少し違う問いが生まれます。
本人自身が、困っていることにまだ気づいていないのかもしれない。困っているけれど、どう相談したらいいかわからないのかもしれない。変わりたい気持ちはあるけれど、一人では難しいのかもしれない。
そう考えると、「やる気を出してください」以外の働きかけも、少しずつ見えてきます。
もちろん、仕事上の責任や行動については、別に考える必要があります。それでも、人が変わっていくためには、正しい指摘だけではなく、自分の気持ちを安全に見つめられる場所も必要なのではないでしょうか。
もし、あなたの周りに「今、困っている人」がいたら
ここまでは、モチベーションが低くなっている本人に向けて書いてきました。
でも、実際にこの記事を読んでいるのは、そういう人の上司や同僚、あるいは家族かもしれません。「なんとかしてあげたいけれど、どうしたらいいかわからない」という立場の人かもっしれません。
そういう方に、一つだけお伝えしたいことがあります。
それは、無理に元気づけようとしなくていい、ということです。
「頑張れ」「やる気を出して」という言葉は、善意から出ていても、相手を追い詰めてしまうことがあります。本人がすでに「頑張らなきゃ」と一番よくわかっているからです。
代わりにできることは、意外とシンプルです。
「最近どう?」と聞いて、返ってきた言葉をそのまま受け止める。「大丈夫」と言われても、「そっか」で終わらせず、「何かあったら、いつでも聞くよ」とだけ伝えておく。評価や改善点の前に、まず「大変だったね」の一言を挟む。
そして、自分一人で抱え込ませない、ということも大切です。相談先は、上司であるあなただけでなくてもいい。産業医やカウンセラー、コーチ、あるいはAIでもいい。「こういう相談先もあるよ」と、選択肢を渡してあげることも、立派なサポートです。
同時に、支える側の自分自身のことも忘れないでください。誰かを支えようとするとき、こちらの余裕がなくなっていることに気づきにくいものです。相手を心配するあまり、自分の気持ちを後回しにしすぎていないか。ときどき、自分にも同じ問いを向けてみてください。
「今、困っている人」を支えることは、その人の問題を代わりに解決することではありません。その人が、自分を支えてくれる場所を見つけるまで、そばにいること。それだけでも、十分に意味のあることなのだと思います。
おわりに
もし今、
「仕事のモチベーションが低い」 「周囲からもそう思われている」 「評価もよくない」 「人間関係もうまくいっていない」
という状態にいるなら、「自分はやる気のない人間なんだ」と思い込んでしまっているなら、それは事実ではなく、ただ一つの見方にすぎません。
今の状態には、今の状態になっただけの理由があります。その理由を、一人で全部見つけなくていい。抱え込まなくていい。
誰かに話してみる。気持ちを言葉にしてみる。専門家に相談してみる。AIを使って整理してみる。
それは弱さではなく、自分を大切にする力です。
そうやって、自分を支える場所を少しずつ増やしていく。「モチベーションを上げなきゃ」と焦る前に、まず、自分の気持ちを置いておける場所を、一つでいいからつくってみてください。
きっと、そこから何かが、少しずつ動き出します。
