はじめに
マインドフルネスやEQについて学び、実践を始めてから12ヶ月。
9ヶ月目の記事では、「感情が見えてきた」という変化を書きました。
あれから3ヶ月。今見ると、一番大きな変化は、感情が見えるようになったことではありませんでした。感情を見ていたら、その奥にある"自分のパターン"が見えてきたこと。そんな3ヶ月でした。
発見をいくつか書いてみたいと思います。
「これは事実かな?」と立ち止まれるようになった
以前は、感情が動くと、その感情に引っ張られて物事を見ていました。
「きっとこう思われている。」
「このままだとうまくいかないかも。」
「大丈夫かな。」
頭の中で自然と物語ができあがって、その物語ごと現実のように感じていました。
最近は、
「これは事実。」
「これは私の推測。」
「これは今感じている感情。」
と、「自然に」分けて考えられる場面が少しずつ増えてきました。(ことばで書くとなんともないですけど、これに慣れてないと、「もっともらしい推測」を事実とわけるのが難しいんですよね)
感情がなくなったわけではありません。でも、「今は推測しているな」と気づけるだけで、心に少し余白ができるのです。不思議な感覚!
「イライラ」の中にも、いろいろな気持ちがあった
最初の頃は、嫌な気持ちは全部「イライラ」あるいは「気になる」「もやもや」などでした。
でも記録を続けていると、
「あれ、これは焦っていたのか。」
「これは心配だったんだ。」
「警戒していたんだな。」
そんなふうに、少しずつ違いが見えてきました。
感情に細かく名前を付けられるようになると、不思議と自分への理解も深まっていきます。
「イライラする自分」ではなく「うまくいくか心配していたんだね」
そんなふうに、自分に向ける言葉も少しずつ変わってきました。
見張り役が巡回中
この数ヶ月で、一番印象に残っている気づきがあります。私は、不確実なことや、同じ問題が繰り返されることが苦手だということです。
そんなとき、頭の中ではいつも誰かが働き始めます。
「大丈夫かな。」
「何かできることはない?」
「このままでいいの?」
最初は、「また考えてるな」と思っていました。
でもある日、
「これって、見張り役が巡回しているんだ。」
という言葉が浮かびました。
それ以来、
「あ、また巡回してる。」
と思えるようになりました。
名前を付けたことで、「考えすぎる私」ではなく、「今は見張り役が仕事をしているんだな」と、少し離れた場所から眺められるようになったのです。
巡回は、今でもあります。
でも、「また巡回してるね」と気づけるだけで、不思議とその巡回に飲み込まれにくくなりました。
感情の次にある「反応」も見えてきた
もう一つ、大きな変化がありました。
感情だけではなく、その次に出てくる反応が見えるようになったことです。
例えば、
「遮りたい。」
「否定したい。」
「助けたい。」
以前は、そのまま口や行動に出ることが多かったように思います。
最近は、
「今、遮りたいと思ってるな。」
「今、助けたいと思っているな。」
と気づいて、一呼吸置ける場面が少しずつ増えてきました。
感情はそのままあります。
でも、その感情に任せて反応するのではなく、「どう行動するか」を選べる瞬間が少しずつ増えてきました。
これは、この一年で一番「そんなことできるんだ?」的にうれしかった変化かもしれません。
一年前には想像していなかった景色
一年前は、「感情に気づく」だけでも難しく感じていました。。
今でも、不安になりますし、イライラもします。心配もします。
でも、そのたびに、
「今は焦っているんだな。」
「また見張り役が巡回しているね。」
「この状況なら心配なのも当然だね。」
そんなふうに、自分に声をかけられることが増えました。
感情は、なくならなくていい。
見張り役も、いなくならなくていい。
ただ、自分の中で何が起きているのかが少しずつ見えるようになると、反応だけで動くことは少し減っていく。
そんな変化を、この3ヶ月で何度も感じました。
感情を見ることから始まった一年。その先には、自分のパターンを理解し、少しずつ付き合えるようになっていく景色がありました。
観察すればするほど、起きていること(事実)ではなくて、自分の反応(主観)なんだなぁというのをしみじみと感じています。
また数ヶ月後、どんな気づきが待っているのかなぁと楽しみにしています。
