はじめに
マインドフルネスやEQについて学んでる中で、感情って人間から切り離せなそうなものだなぁ、もう少し理解を深めてみようかなと思いたちました。最初の頃は、理解を深めたら何か得られると思っていたわけではありません。「そこに何があるのかな?」という興味でした。
そのうち、感情って、人間がもともと持っているものなのに、現代日本ではコントロールすべきもの=抑制すべきものという意識が強いのはどうなのか?と思うようになったり、日常の中で、ちょっとした一言にイラッとしたり、もやもやした違和感を引きずったり。そんな自分に気づいては、「なんでだろう?」と考えることが増えていました。
これは、そんな感情との付き合い方が少しずつ変わっていった約9ヶ月間のプロセスの記録です。
プロセス
① まずは「気づく」ことから
最初はとてもシンプルに、感情がわいたことに気づくことから。
- 顔や肩、お腹に出る違和感
- なんとなくの不快感
- もやっとする感覚
「私、いま何か反応してるな」と気づけるようになったことがスタートです。
② 感情を分解してみる
次にやったのは、ざっくりした感情を細かく見ること。
たとえば「イラッ」とひとことで言っても、
- 違和感
- わずらわしさ
- コントロールされた感じ
など、いくつかが混ざっていることに気づきました。
ここで「なんとなく嫌だな」から「こういう理由で反応してるのでは」に変わっていきます。
③ パターンが見えてくる
同じような場面で、同じ反応をしていることにも気づきました。
- Yes/Noで聞かれて「No」と答えたとき、相手の反応が悪いと少しイラッとする
- 興味のない話が長いと注意が切れて態度に出る
- 家族に心配されるともやっとする
「あ、これいつものパターンだ」とわかるだけで、少し距離ができます。
(補足。上記のパターンは毎回そうだ、ではなくて特定のコンテキストもあるのですが、細かくなるので割愛してます)
④ 「どうするか」を選べるようになる
それまでは
- 違和感 → 反応(自動)
だったのが、
- 違和感 → 少しの間 → 選ぶ
に変わってきました。
たとえば、
- 流す
- 軽く返す
- 境界を出す(相手と自分の境界を意識)
といった選択肢が持てるように。
⑤ 身体から整えるという発見
感情は頭だけでどうにかするものだと思っていたのですが、
- 呼吸を少し長く吐く
- 足裏を押す
といった身体の動きで、反応の強さが変わることも体感しました。
「考える前に整える」感覚です。身体感覚は感情とつながっているなぁを感じます。
⑥ 「変えなきゃ」から「このままでOK」へ
印象的だったのはここです。
そわそわしたとき、違和感を感じたとき、
- 落ち着かなきゃ
- どうにかしなきゃ
と思っていたのが、
- 今はそういう状態なんだな
と見られるようになってきました。
感情を消すのではなく、そのまま置いておける感じです。
⑦ 今の状態(効果)
いまはこんな変化を感じています。
- 感情にすぐ飲み込まれなくなった
- 自分の反応パターンが見える
- その場で小さく調整できる
自分の扱い方がわかってきた感覚です。
まとめ
振り返ると大きく変わったというより、
- 気づく
- 分ける
- 選ぶ
を少しずつ積み重ねてきただけでした。感情はなくすものではなく、付き合い方を学べるものだと実感しています。
10回あったら10回できるわけではなくて、選べるタイミングが増えてきてるというのが正確だと思います。できないときもあります。
何をしていたか
感情のジャーナリング
2ヶ月目くらいから感情ジャーナリングを始めました。どうも考えているだけだとよくわからなかったのです。「この感情は気になる」と思ったときだけ、ノートに書いています。
- 事実(場面)
- 感情とその感情に紐づく思考
- 身体感覚
最初の頃は、感情が1~2つとか少なかったけど、細かく区別できるようになってくるとたくさんかけました。1つのシーンでも 3~10 個くらいの感情がでてきます。
身体感覚は、身体の感覚として何かを感じたかです。頭・顔、首・喉、肩・腕、胸・心臓まわり、腹部・胃、腰・背中、脚・足、いろんな身体部位があります。胸がぎゅっとする、顔をしかめる、呼吸が落ち着く、息をのむ、こわばる、固まる…などなど。
メインは感情ジャーナリングでしたが、他にやっていたことです。
- 特に気になるなぁと思ったときだけ、少し調べました。
- 感情を表現する言葉(自分の語彙にしっくりする言葉がないとき)
- この感情であっているのか(「感情には正解があるものではない=個人の感覚」だけど、感情が分化してなかったり、少し違うんじゃない?って思ったとき)
- 特定の場面で感じると言われる感情はなにか (自分では気づいてない感情がありそうか)
- 学問的な側面(認知心理学、行動科学、身体化認知、脳科学)の情報も少し
- 感情を言葉にするようになった。
- もともとは発話やテキストコミュニケーションで感情の言葉がでなかった私、相手に何か伝えるときは入れるか入れないかを選ぶようになりました。
- マインドフルネス瞑想を並走した。
- 「感情に気づく」については、マインドフルネス瞑想をちょうど始めたタイミングでもあり、これが助けになりました。「今ここに気づく」=今まさに自分が感じていることに気づく(メタ認知)。マインドフルネス瞑想も効果を感じる方といまいちと思う方もいるようなので、マストでもないのでは、と思います。
EQ観点から考えてみる
Six SecondsのEQの観点から感情ジャーナリングがどう役立ったかを考えてみます。コンピテンシーごとに感情ジャーナリングが役立ったなと感じてるものに◯をしてみました。あくまで現時点での評価です。
| 探求領域 | 役立ったか | コンピテンシー | コンピテンシーの定義 |
| 知る | ◯ | 感情リテラシー | 単純な感情状態から複雑なものまで、正確に認識し、解釈すること |
| ◯ | 自己パターンの認識 | 習慣的に繰り返す反応や行動を認識すること | |
| 選ぶ | ◯ | 結果を見すえた思考 | 自分がとろうとする選択肢のメリットとデメリットに関して、行動をとる前に考えることができること |
| ◯ | 感情のナビゲート | 感情を戦略的なリソース(情報資源)として捉え、その感情を評価し、活かしたり、変化させたりすること | |
| 内発的なモチベーション | 報酬や見返りなど外因性によるものではなく、個人の価値観や責任感など内から湧き上がるエネルギーを生み出すこと | ||
| 楽観性の発揮 | 希望や可能性を信じ、自分から前向きな展望をもてること | ||
| 活かす | ◯ | 共感力の活用 | 周囲の人の感情を理解し、適切に対応すること |
| △ | ノーブルゴールの追求 | 日々の選択を、自己の強く大きな目的と結びつけること |
- 知るについては、感情をより細かい粒度で捉えられるようになり、自分の思考や反応のパターンにも気づけるようになりました。これまでなんとなく流していた感覚を、言葉として認識できる場面が増えています。
- 選ぶについては、難しい感情や相手とのやり取りで軋轢が生まれたときに、「どうナビゲートするか」と自分側の関わり方を考えることが増えました。結果を見据えながら、選択肢ごとのメリット・デメリットにも自然と目が向くようになっています。
- 活かすについては、共感力の発揮につながっています。自分の感情に意識を向け、感情リテラシーが高まることで、相手の感情にも気づきやすくなりました。さらに、その背景にある価値観にまで意識が向くこともあり、「この人はこう感じているんだな。ならば、こう関わろう」といった具体的な行動につなげられるようになっています。ノーブルゴールの追求 については、まだまだこれからなのですが、「自分はどういう人になりたいか」につなげていけそうに思っています。
身体感覚
EQのコンピテンシーに明示的には含まれていませんが、「身体感覚」は自分にとって大きな発見でした。感情として言語化される前に、身体の反応として現れることが多いと気づいたためです。
例えば、相手からもやっとすることを言われたとき、私はまず体が少し固まるような感覚や、肩に力が入る感覚を覚えます。その後に「不快」「違和感」といった感情として認識される、という順序です。つまり、感情よりも身体感覚のほうが先に立ち上がるケースがあります。
また、感情を表す言葉には身体感覚が含まれているものが多いと感じます。たとえば「顔が真っ赤」といえば怒りや羞恥を、「身がすくむ」といえば不安や恐怖を自然と連想させます。こうした点からも、自分の身体感覚に気づくことは、感情理解の入り口になるといえそうです。
これは感情リテラシーとも密接に関わる領域ですが、あえて「身体感覚」として切り出して捉えることで、より早い段階で自分の状態に気づけるようになります。今後は一つの観点として整理されてもよいテーマではないかと思うところです。
今後
自分にフォーカスして書きましたが、相手の感情にも気づきやすくなり、どう対応するか選んでいるので、円滑なコミュニケーションにつながっていると感じます。
また、「現代社会において感情ってもっと大事にされてもいいのでは」と思うようになりました。
色々面白さを感じているので、もうしばらく続けてみる予定です。
